マイクロ波試料前処理の基礎

無機元素分析において信頼性の高いデータを得るために、試料前処理操作は重要な要素のひとつとなっています。ここでは、前処理の方法にマイクロ波を用いる、マイクロ波試料前処理法に関して、ご説明します。

無機元素分析における試料前処理

無機元素分析を行う場合、操作の多くは分析機器のみでは成り立ちません。例えば、ICP-OESやICP-MSなどの原子スペクトル分析装置を使用する際には、試料状態が溶液である必要があります。従って固体試料の場合、なんらかの溶液化処理を実施しなければなりません。
この溶液化処理では、酸試薬を用いた酸分解処理法が最も広く用いられています。

前処理操作の占める時間

前処理操作は、サンプリング・秤量・処理・定容などを含み、人手と手間を要します。分析に必要な時間の約8割を占めるとも言われているため、前処理操作の簡略化や、時間の短縮化、作業性・安全性の向上が求められています。

より良い前処理操作に必要なこと

前処理操作には、時間の短縮化だけでなく、確実な前処理性能と再現性、作業性・安全性の向上、クリーンな環境下での分析操作、なども求められます。特に、微量元素分析を必要とする場合には、操作上の外部汚染や元素損失などのリスクは、著しく結果に影響を及ぼします。

微量元素分析のための主な測定機器

微量元素分析のための主な測定機器としては、AAS、GF-AAS、ICP-OES、ICP-MSなどがあります。また、そのための試料前処理法としては、ケルダール法(湿式分解)や、バーナー加熱(乾式灰化)、ホットプレート等を用いた加熱乾固(濃縮)、マイクロ波を用いた酸分解法、などがあります。
測定装置自体の感度・精度などが向上して微量元素分析に対応される一方で、試料前処理操作が分析操作のボトルネックとなる場合もあります。

マイクロ波酸分解法

マイクロ波酸分解法は無機元素分析のための試料前処理法のひとつです。熱源であるマイクロ波と酸試薬を用いて、高温高圧条件下にて固体試料を溶液化させます。

マイクロ波とは?

そもそもマイクロ波とは?

マイクロ波とは電波の一種です。波長は1m~100µm、周波数は300MHz~3THzとされています。このうち、2.45GHz(波長12.2 cm)は加熱手段へ利用され、身近なところでは電子レンジに応用されています。

マイクロ波と物質との相互作用

物質がマイクロ波を吸収すると、得られたエネルギーが熱に変換され、物質が加熱されます。水や無機酸試薬(硝酸など)の極性物質はマイクロ波を吸収するため、加熱媒体となります。その一方で、金属はマイクロ波を反射し、フッ素樹脂やガラスといった無極性物質はマイクロ波を透過するため、加熱されません。

マイクロ波の吸収

吸収

マイクロ波の反射

反射

マイクロ波の透過

透過

従来法とマイクロ波加熱の違いは?

従来の加熱方法であるバーナーやホットプレート加熱では容器壁面から徐々に内部の酸試薬に熱が伝わりますが、マイクロ波は酸試薬自体が直接加熱されます。無極性物質の容器を透過して、まず内容物に直接エネルギーが伝達するため非常に効率が良く、短時間で目的温度まで昇温させることができます。さらに密閉型容器を採用することで、酸試薬の沸点以上の高温雰囲気下での前処理が可能となるとともに、外部からの汚染の心配がなく、水銀、ヒ素、セレンなどに代表される揮発性金属元素の損失を抑制することも期待できます。また、加熱処理中に酸試薬が装置外に飛散損失することが無いため、装置設置環境への影響もありません。

容器内部から加熱

容器壁面から熱が伝達

容器内部から加熱

容器内部から加熱

マイクロ波酸分解法(密閉系) ホットプレート法(開放系)
高温/高圧下で短時間(直接加熱) 常圧で長時間(外部加熱)
試薬沸点以上の昇温が可能 温度は試薬沸点が上限
揮発性元素の確実な回収 揮発性元素の損失
外部からのコンタミネーションがない 外部からのコンタミネーションがある
最小限の試薬量 大量の試薬を使用
誰でも安全に簡単操作 操作に熟練が必要
試料の採取量が少ない 試料の採取量が多い
同条件での分解が必要 同時に多品種の分解が可能

電子レンジと専用装置の違いは?

電子レンジのマイクロ波出力は常に固定で、出力時間によって温まり方が変化しますが、細かな温度管理を行うための制御機能が足りていません。そもそも電子レンジは食品を加熱するために設計されており、前処理操作に必要な安全面などが一切考慮されていません。
マイクロ波試料前処理装置は、例えばETHOS UPの場合、分解処理中にマイクロ波の出力を0~1800Wの範囲内で自動調整し、必要なときに必要な量だけマイクロ波を照射することができます(PID出力制御機能)。また、多段階に温度を上昇させるといったプログラムを組むこともでき、細かく温度を制御することができます。

日本国内外でのマイクロ波酸分解法の普及

2004年 WEEE/RoHS指令による電気・電子機器製品中の有害金属元素分析
2007年 REACH規制による高懸念有害物質分析
2008年 国際規格IEC62321における精密化学分析法
2011年 日本工業規格JIS K0050 化学分析方法通則
2012年 環境省告示 PM2.5成分測定マニュアル
第16改正日本薬局方第一追補 一般試験法
2014年 米国薬局方 USP<233> 元素不純物の分析方法

…など、化学分野で近年広く普及されてきています。また、マイクロ波酸分解法に関する技術論文も多数執筆されてきています。

多種多様なアプリケーション

  • 無機元素分析における国内外の数多くの公定法に採用されています。
    (EPA SW 846 method 3051A, 3052, 3546、 PM2.5環境省告示法、IEC62321 etc.)
  • 環境(大気・水質・土壌)、食品、化成品、石油化学、鉄鋼、製薬など、多岐に渡る分野で活用されています。
  • マイクロ波による試料前処理法は、酸分解以外にも、マイクロ波合成反応、マイクロ波溶媒抽出、マイクロ波アルカリ溶融などにも展開されています。

マイクロ波酸分解にご興味ありましたら

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  • どんな酸試薬が使えるの?
  • 分解度合いの良し悪しを決める要素って?
  • 分解条件はどうやって設定するの?
  • サンプル添加量の目安は?
  • 操作時の汚染原因をどうやって推定したら良いの?
  • 使用器具は何を準備したら良いですか?
  • 分解できたかどうか、見分ける方法は?
  • 分解時に使用した容器に付着した金属元素のメモリーを除去するには?
  • 酸試薬由来の汚れと影響について教えてください

…など、マイクロ波前処理に関して疑問や質問などありましたら、ぜひお気軽にお問い合わせください。

電話 044-850-3811(代表)
FAX 044-819-3036
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